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PCT出願の活用について

PCT出願の活用について

                  PCT出願の活用について
         ━ 日本国PCT加盟20周年に寄せて ━━

        特許事務所 富士山会 弁理士・行政書士 佐藤 富徳

  抄 録 主として出願人の立場(1)に立ち、PCT出願(2)を活用する場合の特徴とメリットについて経済的、内容的な観点から検討し、その結果PCT出願を上手に活用すれば、非常に経済的かつ効率的なグローバルな高質出願をすることができることが判明した。
  そして、PCT出願をさらに広範囲に活用することを期待すべく、現制度の問題点の是
正等についても触れることとした。
  最後に、PCT加盟国の増加、PCT出願制度の拡充等により、グローバルな権利化施
策に合致すべく、今後ますます日本におけるPCT出願の活用が期待できるものと考えられる。


目 次
1. はじめに
2. PCT出願の手続きと特徴
  2.1 PCT出願とは?
  2.2 PCT出願の手続き
  2.3 PCT出願の特徴
3. PCT出願のメリット
  3.1 経済的メリット
  3.2 内容的メリット
  3.3 その他のメリット
4. PCT出願制度のさらなる飛躍発展のために
  4.1 PCT出願の活用についての積極的PR
  4.2 PCT出願についての制度あるいは運用の変革
5. 戦略的PCT出願するためには
  5.1 我国国内出願の感覚でPCT出願する!
  5.2 国際予備審査請求手続き等について
  5.3 PCT出願の奨励と国内移行手続きの絞り込み
  5.4 国内優先的PCT出願の奨励
  5.5 PCT出願手続きの致命的ミスについて
6. 結 論
7. おわりに

1. は じ め に
   「21世紀がどのような時代になるのであろうか……」を解くカギは「情報化」と「グローバル化」という二つの大きなうねりであろう 。
  二つの大きなうねりの一つである「グローバル化」については、現在日本は米国に遅れを取っており、日本は「米国に追いつき追い越せ。」をスローガンに急速に「グローバル化」施策が進められようとしている。「グローバル化」は、技術立国である日本が、「国境を越えた地球規模の大競争」に勝ち抜くためには、地球規模で権利化を図っていくことが必要であり、そのためのぶきもひつようとなろう。すなわち、同一発明について地球規模で並列的にかつ効率的に権利化進めるための武器が必要となろう。
  一方、特許協力条約(以下、単にPCT、条約ともいう。)は、同一発明について、多数国に出願を行う場合に、出願人・各国特許庁の双方の労力,費用の軽減を図ることを目的(条約前文、第1条(1))として、1970年6月にワシントン外交会議において採択された手続統一条約であり、PCT出願は一つの出願で多数国に出願をしたと同等の効果すなわち出願の束としての効果(条約第11条(3))を有するものである。現在PCT加盟国が増加しており、条約目的からも、グローバルな権利化のために非常に有力な武器として、PCT出願がいかに有力であるかを、本論説では、経済的、内容的な観点から検討を加えることとした。
  PCT出願制度の現状の問題点等も取り上げ、その是正をPCT関係機関並びに関係者にお願いすることとして、今後ともPCT出願の活用が増加し、PCT出願制度そのものが、さらに飛躍発展することを心より祈念することとする。

2. PCT出願の手続きとその特徴 
  2.1 PCT出願とは?
  まず、PCT出願の代表として、標準的な日本語PCT出願(以下、単に日本語PCT出願、あるいはPCT出願ともいう。)を定義して、従来ルート出願と比較しつつ、PCT出願の手続きとその特徴を論ずることとする 。

図1 PCT出願の手続き はこちら

「標準的な日本語PCT出願」とは、「日本人である出願人が、日本国特許庁を受理官庁とし、指定国数が11ヵこく以上(指定国には、日本国、米国、欧州を含み、日本国、米国、欧州には、国内移行手続きを行うものとする5) 。)で、かつ原則として我国国内出願(以下、単に国内出願ともいう)を基礎とする優先権主張を伴う日本語PCT出願をいう。」をいう。    
  ここに、経済性算出のため請求項数を20枚6)、頁数を30枚以内7)とし、国際予備審査請求は必ず行い、優先権書類の送付請求依頼を行うものとし、場合によって優先権書類の取下をも行うものとする。

 指定国数が11以上としているのは、PCT出願の指定国の数が、グローバル化の時代の流れにも対応して益々増加する傾向にあること、および11ヵ国を越えても指定手数料は変わらないことを考慮したものである。
  一方、比較の対象となる従来ルート出願を以下のように定義をする。

「従来ルート出願」とは、「日本国以外で保護を求める場合は、原則として我国国内出願に基づく優先権主張を伴う、いわゆるパリルート出願をいい、日本国で保護を求める場合は、原則として、我国国内出願に基づく国内優先権主張を伴う我国国内出願」をいうものとする。

 PCT出願を従来ルート出願とを比較して論ずるべく、両者の相違点が浮き彫りになる形でできるだけ図表等を使って視覚的論述することをする。「図1.図2参照」

  2.2 PCT出願の手続き

  PCT出願については、読者諸氏の中には、PCT出願について豊富な経験をお持ちの方もおられるので「言わずもがな釈迦に説法」となり得るので、くどくど説明することは差し控えよう。
  なお、図1.図2において、従来ルート出願の太線部分の手続きが、PCT出願手続きと相違し、労力,PCT出願費用が回収できる手続き部分である。そして、矢印線は、一方の主体から他方の主体へ矢印の方向に従って行う手続きを示している。

  2.3 PCT出願の特徴

  出願人および各国特許庁双方の労力、費用軽減を目的とした出願であるので、係る条約目的を反映して、一般的に、以下の特徴を有する(あ)形式面において統一した様式の出願により出願人の労力、費用軽減を図ることができる。
  (条約前文、第1条(1))
  (b) 形式面において統一した様式の、しかも一つの出願で多数国に同時出願したと同等の効果が得られる。(条約第11条(3))
  (c) 手続きが簡便で煩雑でないので、その分実体面に力が注げ、より高質出願を行うことができる。

3. PCT出願のメリット
  3.1 経済的メリット
  グローバルな権利化を図っていく上で、PCT出願と従来ルート出願のどちらが経済的かについて論ずる。(具体的な経済的メリット算出と結論は、添付資料「記号の説明とコスト計算」を参照のこと。)PCT出願自体の費用とPCT出願をすることによって各国国内移行時あるいは移行後低減される費用(ここでは回収費用という。)との比較で評価することとする。
@ 国内移行手続きをしなくてもよいことから生ずる回収費用
国内移行手続きをしない場合には、その国に関する限り、国際出願は取下げ擬制され、翻訳料、優先権書類送付手数料、国内移行手続きのための費用が不要となる。国内移行手続きの不要国が1カ国でもあれば、その国への国内移行手続き費用が不要となり、PCT出願費用は充分回収されよう。(添付資料「記号の説明とコスト計算」参照)
  優先日から国内移行の判断時を長く確保できればできる程、国内移行率は低下するものと考えられる。これは、PCT出願の技術的経済的価値が時間とともに減少し権利化が不
   要となる(陳腐化する)あるいは権利取得の評価が容易になる等による。
  ここに、国内移行手続きをしなくてもよい場合には、次のような場合が考えられよう。


    国内移行手続きをしなくてもよい場合とは、
(@)PCT出願後に、海外事業の展開またはライバル会社の動向調査等から事業戦略上、その国でのPCT出願の権利化のメリットがないことが判明した場合
  (A)もともと競合が激しい分野等にあって、国際調査結果である先行文献リストから発明aを記載したPCT出願Aが拒絶されると考えられ、PCT出願Aの権利化を断念せざるを得ないような場合8)
  (B)PCT出願Aに記載の発明aが陳腐化してきて、さらに改良発明bを行った結果、
    改良発明について権利化を図れば、陳腐化発明aについて権利化は不要となる場合、
    すなわち発明aのPCT出願Aを取り下げても、改良発明bのPCT出願Bをすることにすれば、実質的には事業化戦略には支障がないと判断される場合9)

(a)各国国内移行手続き料等の回収費用
   指定国(選択国)各国において国内移行手続きを行う場合、国内段階の審査手数料対
   して特別の軽減措置がある。例えば、日本語PCT出願の場合、本国特許庁、米国特許庁、欧州特許庁の3庁合計が13万円となり、PCT出願の費用のうち、幾分かが回収される10)
(b)指定国移行費用の支払い延期による回収費用
   国際予備審査請求をすれば、従来ルート出願よりも1年6ヵ月国内移行手続きを繰り延べることができるので、日本語PCT出願では、従来ルート出願に比較して国内移行費用(翻訳料、日本国内および現地代理人費用、公的費用)は高額であるので、例えば銀行からの借入れを行う場合には、この間の利子分(5%〜10%、真ん中を取って7.5%とする。)だけ費用削減が図られることになる。
    なお、優先権主張の取下げを行う場合には、各国国内移行手続き費用の支払い延期(国際予備審査請求による支払い延期よりも更に最大12ヵ月支払い延期)による費用節減のメリットがさらに大きくなろう。
 
   ?その他
   形式等に関しても費用削減となる。
   国際出願の形式等に関してPCT出願に規定された要件とは異なる要件を追加することができない。「条約大27条?
?優先権書類の送付が簡単
  国内移行手続きを行う場合であっても、従来ルート出願等に比較してPCT出願費用は、
1国当たりの優先権証明書の送付手数料×日本を除く国内移行手続き行う国数の分だけ費用
削減がはかれる。日本を除くとあるのは、国内優先権主張を伴う我が国国内出願では、優先
権証明書の送付は元々不要だからである。優先権証明書は、出願時に纏めてするのが望まし
いが、やむを得ず後日提出こととなるので、後日提出するとして費用計算することにする。
?国内移行後の各国内段階で、指定官庁により出願の単一性、図面等について、PCT出願
の形式的要件を具備すれば、各国の国内段階で、形式的要件違反を理由に拒絶となることは
ない。
  特に、米国に従来ルート出願すると、審査段階で、実質的に分割要求されることが多い(
1出願を3出願に分割する必要がある場合さえある、が、PCT出願を活用すればこのよう
なことはないので特に経済的メリットは大きい。(米国特許審査便覧MPEP§1850, §18
50.03(d)参照)
  実質的な分割要求に応じれば、単に出願費用だけに限らず権利消滅までの全費用が新たに
発生することになるので、特に経済的メリットは大きい点にも留意すべきであろう。
  PCT出願時には、代理人の委任状が一通でよい。ただし、国内移行時には現地代理人へ
の委任状が原則として要求されるが、EP等のように要求されない場合もある。
  国際予備審査請求をした場合は、出願人に対し選択国は他国の審査に係る書類の写し等の
資料提出はできない。(条約第42条)

3.2 内容的メリット

@ 国際予備審査請求をすれば従来ルート出願より1年6ヶ月長い国内移行手続き期間が担保
されるのでジックリと腰を下ろしてゆっくり国内移行手続き(特に翻訳文提出)をすれば、翻訳ミスが少なくなる。ただし、従来パリルート出願と比較してより忠実に翻訳する必要がある。なぜならば、一般に保護される出願内容は双方重複部分だからである。(条約題46条)
A 統一した様式であるので、一旦慣れてしまえば煩雑さから解放され、ワンパターン式で反
復練習が可能となり運動選手等のトレーニングと同じ理屈で、形式等のミスが少なくなり、
その分出願内容等の実体面における質的向上に余った勢力を注ぐことができよう。
  これは、我が国の企業が、こなれた言語である母国語の日本語で、日本国特許庁へPCT出願することの方が、労力、費用の面からも内容等の実体面からも優れていると考えられる。
  優先期間内に多数国出願をするのは、「走れメロス」のごとくは難しく、予期せぬ困難も
あり実際上できないであろう。
  期限が切羽詰まった状況下で出願書類作成するのは、日本語PCT出願の方が、従来のパ
リルート出願よりも、労力、費用の面では、非常に有利であろう。また最終チェックは、こ
なれた言語である母国語の日本語で、出願人および代理人、(開発者、特許担当者等を含む。)の双方が行い、幾重にもチェックを経ることができるので、内容的にもミスの少ない
高質出願となるのは経験的にも間違いなかろう。
B 国際調査報告、国際予備審査等からオーソライズされた先行文献リスト、見解が得られ、
権利者に揺りな場合はオーソライズされたお墨付き(以下単にお墨付きともいう。)をもら
うことになる。特に競争が激しい分野において、発明が国際戦略上も重要であることは分かっているが権利化できるかはっきりしない出願については、先ずPCT出願をして早い段階で国際調査結果である先行文献のリストを見て特許性があるかどうかを判断することができる。さらに、国際予備審査請求をして肯定的な(特許性があるという)国際予備審査結果を得た場合は、日本国においては当然お墨付きをもらった効果がある。欧州特許庁においてもこの肯定的な国際予備審査結果は尊重されるので欧州特許庁においてもお墨付きをもらった効果はあろう.(欧州特許庁審査便覧C部第Y章、10.において準用するE部第\章、6.4)
3.3 その他のメリット

  統一した内容形式で、重要発明を記載したPCT出願が国際公開される。(少なくとも要
約は英文で国際公開される。)したがって発明単位でどの国に権利化を求めているかが、鳥瞰図的に明らかになる。国際的に重要な発明を記載された国際公報について他社ウォッチングすることもグローバル化時代の今日積極的に活用すべきであろう。常に公開公報についてのウォッチングでは漏れがある場合もあるので、注意を要しよう。

4. PCT出願制度の更なる飛躍・発展のために

4.1 PCT出願の活用についての積極的PR
  PCT出願制度を活用することが、出願人(企業、すなわち代理人から見ればクライアント)にとって、通常の従来ルート出願等に比較して、経済的にも内容的にもメリットがあることをもっともっとPRする必要があろう。出願人、代理人の中には、PCT出願の活用について、消極的意見もあるが、この誤解を解くことも必要とされよう。
  本論説も、PCT出願の活用についての積極的PRに役立てばと思い、筆を起こしたわけであるが、もっともっと色々な機会を通じて、もっともっと積極的PRを行う必要があるように思われる。PR内容については、もう少し厳密なコスト計算を行ったデータが入手できればと思っている。

4.2PCT出願についての制度あるいは運用の変革

  今後、PCT出願制度のさらなる飛躍・発展のためには、従来ルート出願に比較してPCT出願のメリットを益々大きくするように制度あるいは運用を変えていくことが必要であろう。
@各国国内段階での審査請求料は(サーチ手数料、審査手数料)を割り引きし、積極的にP
Rする。
  国際段階のサーチ手数料、国際予備審査請求手数料は多少増加したとしても、その代わり
各国国内段階のサーチ手数料、審査請求手数料を割り引くようにする。これは、出願人と各国特許庁双方の重複労力、費用の軽減を図る条約目的に照らしても当然であろうし、このためには、例えば、3極の調査データベースの共通化を推進することを等が上げられよう。
A 標準日本語PCT出願手続きについて、もっともっと出願人フレンドリーなものとなるよ
うにする。
・PCT出願の様式と我国国内出願の様式とを統一する。PCT出願の様式を取り込む形で
多少は我国国内出願の様式が現状よりも厳しくなったとしても両出願の様式の差を意識しなくてよいメリットの方が大きく、先の出願である我国国内出願を纏めて優先権主張をしてPCT出願をする等の場合、便利であろう。
・ 発信主義(特許法第19条)、電子出願、パソコン出願等についても、標準日本語PCT出
願については、適用されるようにする。
  また、PCT出願書類で国際予備審査請求もできるようにする。
・ 指定国への国内移行手続き書類を、受理官庁に対して送付依頼すれば、受理官庁が書類を
各国特許庁に送付してくれるような制度を実現?????は、受理官庁の方が出願人あるいは代理人(特許事務所)よりも手続き的に慣れているとも考えられ、受理官庁が集中的に大量処理することにより、出願人が代理人を通じて個別的に処理するよりも労力・費用軽減効果を生み条約目的にも合致すると考えられるからである。
B PCT出願手続きの委任状の委任事項の中に、各国移行手続き(翻訳文の提出を含む。)
を含めることもできるものとし、さらに、これらの手続きをする現地代理人選任事項を含めるようにする。各校特許庁は、特に問題等がない限り委任状等は要求しない。これにより、
国際段階から国内段階移行手続きをよりスムーズに行うことができよう。

5. 戦略的PCT出願をするためには

5.1 我国国内出願の感覚でPCT出願する!
  PCT出願を我国国内出願の感覚で、多数国へ気軽にPCT出願することがPCT出願の特徴を最大限に活かす意味で戦略として重要であろう。そのために、筆者は日本語PCT出願をグローバルな権利化の武器として活用することを奨励せんとするものである。筆者が特にお勧めするPCT出願を活用すれば、元々統一された様式で行うものでワンパターン式と
なり出願人、代理人側ともに??PCT出願に順応すれば後は比較的楽である。

5.2 国際予備審査請求手続き等について

  標準的な日本語PCT出願で定義したように国際予備審査請求は、目をつぶって何も考えずに兎に角行う??。これによって優先?から??月までに国内移行手続きを行えばよくなるからである。さらに優先権主張の取下げを行い、その結果さらに最大12ヶ月国内移行手続期間を繰り延べることもできよう。

5.3 PCT出願の奨励と国内移行手続きの絞り込み
 
  「PCT出願はどしどし出願することを奨励すること!。ただし、国内移行手続きをするか否かは厳格に判断して絞り込むこと!」
  国内出願について、かなりの企業が掲げている“国内出願は”どしどし出願せよ。ただし、
出願審査請求は、事業化に必要なものの見に絞り込め。」というスローガンは、出願人および我国特許庁双方の労力費用軽減、AP80施策にも合致して正しいものと是認できよう。
  従って、PCT出願あるいはPCT州眼の基準となる国内出願は、グローバルな権利化を
図っていくため、自信をもってインセンテ?ブ施策をとっても間違いはなかろう。ただし、PCT出願の1出願の費用は、我国国内出願の約2倍強の出願費用に相当することは、認識
しておく必要があろう13)。
  PCT出願自体は、出願人、高額な外国出願費用をできるだけ節減すべく、請求項も多く
して、できるだけ纏まった内容で出願するのが通常の国内出願の約2倍強の質の高さになっているとも考えられよう。従って費用も約2倍強となっているとしても、全指定国での特許権取得の可能性を買うものであると考えれば納得がいくであろう。こういったコスト意識を
徹底することができれば、PCT出願の費用は既に回収されているとも考えられる。この考え方を反映した社内制度が確立していれば、通常の国内出願の感覚でどしどし出願しても構わないとも言えよう。
  国内出願の出願審査請求と同様、厳格判断により絞り込みを行うことが戦略として肝要であろう23)。
  なお、この厳格判断の期間確保のためにも、国際予備審査は目をつぶってでも行うべきであろう。

7. おわりに

  最後に、「そこに山があるから登る。」というのは、だれかの有名な言葉であるが、PCT出願に関しては、「既にPCT出願制度があるから活用する。」というだけに止まらず、「何も考えずにホイ!PCT出願」の積極的意義があろう。特にPCT出願の経済性については心血を注いで論述したつもりである。
  日本語PCT出願は、一台の航空機で多数の世界各国の空港まで同時に飛行したのと同じようなもので、その航空運賃は国内航空運賃の約2倍強であるとも考えられる。すなわち、
ボーダーレス化が進み、まるで日本領土が世界各国の空港まで拡大されたようなものであると考えてもよい。世界各国の空港まではショーウィンドーに飾るための商品を運び込むこと自体は大目に見ても、実際にその国で販売利用される見込みのある商品以外は税関を通過させないことにすればよいであろう。このような感覚で日本語PCT出願の活用の奨励をしようとするものである。
  最後に、日本語PCT出願を一旦行うことになれば、もともと統一された様式で行うものであるのでワンパターン式となり出願人、代理人側ともに一旦慣れてしまえば比較的楽である。
  今後、PCT出願出願制度の更なる飛躍・発展のためには、上述してきたPCT出願のメリットを益々大きくするように制度あるいは運用を変えていくことも必要であろう。
  また、将来的にはパリ条約の殆どの国がPCT加盟国となり、益々PCT出願の活用の機会が増大することが期待されよう。

添付資料:記号の説明とコスト計算

PCT出願(標準日本語PCT出願)について、コスト計算をするための記号は以下のように定義する。
n:PCT出願に記載の指定国の数
r:最終的に国内移行手続きを行った国の数
c?:? 国における? 項目についての回収費用
:項目についての一国平均の回収費用
:? 国における? 項目についての費用回収
    される確率
ここに、国内移行手続きについては確定するものとして計算する。
  なお、国の順は、国内移行手続きを行う国について順番に並べた後に、国内移行手続きを行わない国について順番に並べるものとする。ここに、?=1は日本国、?=2は米国、?=3
欧州とする。
  なお、以下の手続き費用の中にには、日本代理人費用と現地代理人費用の両方を含むものとする。
? PCT出願費用(国際予備審査請求費用、優先権書類送付依頼費用を含む標準的な日本
  語PCT出願費用)70万円と見積もった。
? PCT出願による回収費用
  PCT出願をすれば国際段階の費用はコストアップになるが、下記のように国内段階移行時にあるいは移行後に削減される費用があり、これらがPCT出願による回収費用である。
@国内移行手続きをしないことによる回収費用
(の場合)
=χ=90χ
A各国国内段階におけるサーチ、審査手数料等の割り引きによる回収費用
(の場合)
=×=13(万円)
  なお、ユーラシアを指定する場合、サーチ手数料の25%割引きがあるが、日米欧州の三極以外は考慮しなこととする。
B優先権書類送付依頼による回収費用
(の場合)
==×=5χ(万円)
  我が国の国に優先権主張出願の場合優先権書類提出手続きは不要であるからである。
C 各国内段階で実質的な分割要求をされないことによる回収費用
(の場合)
×=×+×=×+××=95(万円)
  実質的な分割要求をされるとさらに新出願をし権利消滅までの費用が発生するとして計算する。1出願を3出願に分割される場合もあるがここでは考えないこととする。また米国以外は考慮しないこととする。
D 国内移行の手続きの繰り延べによる回収費用
(の場合)
=+=+×=1.1+11.3χ(万円)
  上記計算式により、nとrからPCT出願による回収費用が算出される。計算してみると、
指定国米国には、国内移行手続きをすることを前提とすれば、nとrに関係なくパリルート出願をするよりもPCT出願をする方が得策であることが明確になった。
  計算に際しては、以下の数値を用いた。
  =90万円(一国平均のパリルート出願費用)、(優先権書類送付依頼による1国平均
の回収費用=5万円とした。(米国の出願から特許権消滅までの発生費用)=190万円とし、(米国へのパリルート出願について、実質的分割される確率)=0.5とした。年間金利を7.5%とし、(日本の繰延べに夜回収費用)=10万円×0.075×1.5×=1.1万円、(
日本以外の繰延べによる一国平均の回収費用)=90万円×0.075×1.5= 10.1万円とした。
  なお、パリル−トの出願費用も英語圏と英語圏では、翻訳料等異なるが概算すべく一国平均の出願費用で計算し、具体的な数値が入っていない記号は調査不足もあって考慮しないこととした。

注 記
1) PCT出願を活用するか否かを最終的に決定するのは、クライアントたる出案人であろう。代理人は、単に外国出願をしたいとの依頼があった場合、「従来ルート出願よりもPCT出願の方がお徳ですよ。」と言って、PCT出願をお勧めすることはできよう。
   あくまでもPCT出願の活用については、クライアントたる出願人がどう思うかが重要であろう。
2) PCT出願とは、厳格にいえば「PCTに基づく国際出願」あるいは「PCTルート出願」ともいうべきであろうが、ここでは簡単のために単にPCT出願ということにする。
   (後藤晴男「国際出願と国内優先」昭和62年3月25日第二刷発行4頁、安富泰男「PCT出願を利用した総合的特許管理Vol.44, No.9, 1994 1217頁参照」
3) 「これからは日本も知的創造時代」通商産業省特許庁編 財団法人通商産業調査会出版
   部 平成9年5月30日発行37頁参照
4) PCT出願の代表例として、標準的な日本語PCT出願を選定したのは、以下の理由か
   らである。
日本語PCT出願は、母国語でありこなれた言語で関係者の種々のチェックを受けるので、権利化の面でも広くて強い出願すなわち高質出願であると断言することができよう。
  逆に英語PCT出願の場合は、筆者の経験談に基づく話をしよう。かって筆者はPR
映画として日本語版と英語版を制作担当したことがあるが、日本語版の方は、多くの方々の非常に詳細に至るまで厳しいチェックを受けたが、一方英語版の方は、そういうことはなく、筆者に全て任せ切りで逆に非常なプッレシャーを感じた覚えがある。このことから、ミスが少なくてより完璧に近いPCT出願を目指すためには日本語PCT出願がよいのではなかろうか。
  なお、従来ルート出願に比較して日本語PCT出願が不利な場合等については、安富泰男「PCT出願を利用した総合的特許管理」特許管理Vol.44, No9, 1994, 121頁,121
4頁, 1217頁参照
5) 「指定国には、日本国、米国、欧州を含み、日本国、米国、欧州には、国内移行手続きを行うものとする。」としたのは、多くのPCT出願が、これらの国を指定し、かつこれらの国へ国内移行手続きを行うものと考えられるからである。
6) 従来ルートの出願と比較して、標準的な日本語PCT出願の経済性を算出するために便宜上決めたものである。
7) 6)と同じ理由から決めたものである。
8) PCT出願について国内移行手続きをしなければ、その国への国内移行手続きの費用分が回収されることになるので、PCT出願を活用する経済的メリットが生ずるからである。
9) 先の出願がPCT出願Aである場合、放置しておくと、全指定国において自動的に取下げ擬制されるので、全指定国について国内移行手続き費用が回収されることになるからである。
10) 「PCT制度の利用に関するいくつかのトピックス」特許庁主催セミナー資料(大阪1997年7月1日)9頁
11) 欧米から日本へ保護を求めるPCT出願の殆どが国際予備審査請求をしている。投資対効果については、ほぼ欧米の出願人側の結論が出ていると考えてもよいであろう。
12) 特許庁の施策である Action Program 80 の略であり、出願公告率を80%に上げて審査の
   効率化と出願の質向上を図らんとするものである。
13) PCT出願の効果は、PCT出願の全指定国について特許権を取得し得る可能性を買うことであるが、このためには我国国内出願の約2倍強の出願費用がかかるということである。
14) 日本語PCT出願は当然、我国国内出願も、グローバルな権利化を図る可能性を内在しているということができよう。戦闘で言えば安上がりなフェイント(指定した国で権利化を図るぞ図るぞと脅しをかけるようなジャブ的あるいは牽制球的効果)のようなもので、相手側にとってはプレッシャーを受けいやなものであろう。
15) 後藤晴男「国際出願と国内優先権」社団法人発明協会 編集・発行203頁〜209頁参照
16) 日本語PCT出願はいわゆる自己指定出願であり、我国に国内移行されれば、国内優先権の規定が適用される。有線日から20ヶ月、30ヶ月経過後でも先の出願は出願公開されないというのが日本国特許庁の取扱いである。
17) 優先日から12ヶ月経過している場合であっても優先権を取り下げることによって、日本語PCT出願Aに基づく日本語PCT出願Bを行うことができるのでPCT出願は非常にフレキシビリティが高い手広い手続き対応ができるというメリットがある。
18) 上記のいずれの場合であっても既に公開されている場合を除いて、先の出願すなわち日本語PCT出願Aの国際公開前に日本語PCT出願Aおよび優先検証を基礎となる我が国国内出願を取り下げておくことも念頭に置くべきであろう。
19) 筆者の経験に基づくのであるが、ここに言う致命的ミスとは、もしこの手続きをしなかったならば、その出願の命が尽きるような手続きであり、医療で言えば、人工呼吸等のように緊急を要する医療処置が該当しよう。出願段階で言えば、数も多くもっとも起こる可能性が高いのは出願審査請求をすべきであるのにしなかった場合であろう。査定系審判請求、査定系審決取り消し訴訟等は、数もそれほど多くなく特別な注意を払うから手続き上の問題とはならないであろう。設定登録料は、納付しておけば特に問題はなかろう。
20) 日本国を自己指定したPCT出願の国内優先権が認められる要件について、特に出願人同一の要件は、パリ条約の優先権が認められる要件よりも厳格であるので注意を要する。
21) 後藤晴男著「国際出願と国内優先権」社団法人発明協会 編集・発行203頁〜209頁参照
22) 「PCT制度の利用に関するいくつかのトピックス」特許庁主催セミナー資料(大阪1997年7月1日)4頁〜5頁参照
23) PCT出願について、国内移行時に厳格判断を行い真に権利化の必要な場合のみ移行手続きを行うといった社内の仕組みが整備されていることが必要である。
24) 「国際出願の手続き」特許庁主催セミナー資料(大阪1997年7月1日)12頁〜14頁のこと。ただし、一部修正している。

                      (原稿受領日 平成9年10月21日)
弁理士・行政書士 佐藤富徳

 

 

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